2月28日、文京区民センターにて集会「103万の壁は女の自立をはばむ”愛”の壁!?」が開かれました。社民党の五十嵐やす子板橋区議会議員が司会を務め、全国一般労働組合東京南部執行委員長で、「女性による女性のための相談会」実行委員の中島由美子さんが、女性の労働を取り巻く問題や、その歴史的背景について講演されました。中島さんは、大椿ゆうこが解雇撤回闘争を闘っていた時に、その体験を語る場を作って下さった、労働運動の大先輩です。
女性の低賃金の歴史的背景
冒頭中島さんは、女性の労働の現状について、今や女性の被用者が全被用者の46%を占め、子育て世代でも共働きが増加していることを挙げ、女性の労働がなければ社会は回らなくなっていると指摘しました。その一方、男女の賃金格差は埋まらず、非正規労働者の間でも女性の賃金は男性の78%でしかありません。非正規労働者の年収分布最多層は、男性は400万円超500万円以下である一方、女性は100万円超200万円以下となっています。非正規雇用のシングル女性にとって、子育てや子どもの教育費を工面するのが相当難しいことが判ります。
現状の話に引き続き、中島さんは明治時代以降の女性の労働の歴史を振り返り、時代の要請に応じて女性労働の在り方が作られてきたことを説明しました。
まず、明治時代に「男は仕事、女は家事・育児」という性別役割分業が作られ、女性が職場から排除されました。同時に、女性の政治参加を禁止する法整備がされ、弁護士のような国家試験も女性には受験資格を与えませんでした。女性教育は「良妻賢母」を育てる教育に限定され、高等教育からは女性は排除されました。
しかし、日本が近代化・工業化するにつれ、製糸・紡績工場や小規模炭鉱で女性の労働力が求められるようになりました。炭鉱では女性も坑内に入り、「共稼ぎ」で作業に当たっていたようですが、夫は仕事を終えると晩酌をする一方、妻は入浴もそこそこに夫の飲支度に大忙しだったそうです。その様子は、ユネスコ世界記憶遺産に登録された山本作兵衛氏の「筑豊炭鉱記録画」に記録されています。
戦争が激化し、男性が戦場に動員されるようになると、女性が「銃後の労働者」となって、これまでの「男の仕事」を全てやるようになりました。しかし、戦争が終わり、男性が戻ってくると、女性の仕事は男性に取られ、再び女性は家の中に押し戻されます。そして、「長時間働く男性と、それを支える女性の補助的労働と家事労働」という高度成長期の性別役割分業が確立しました。
中島さんによれば、女性は「(労働市場から)出ていけ」と言われるときと「働け」と言われる時が交互に繰り返されてきました。今は少子化の影響もあり、女性が「働け」と言われる時代です。しかしながら、性別役割分業の価値観は維持され、とりわけ介護・看護・保育といった「女がタダでする仕事に金を払いたくない社会」が続いているのが問題だと中島さんは指摘しました。
また、中島さんは労働組合内部の問題について、運動方針が正社員男性の視点で作られ、女性部が要求を上げても採用しない「男性原理」があると指摘しました。組合員には、労働相談においても男女の権力勾配があり、「望まない性的言動はすべて性暴力」だとの認識を持つ必要があると提言しました。
女性を阻む、「本当の壁」
女性の労働についての講演に引き続き、中島さんは自作の紙芝居を用い、女性の視点から見た「103万円の壁」の問題について、ユーモラスに、かつシャープに解説されました。
紙芝居の主人公は、結婚したての女性。元々は仕事をしていた主人公は、結婚・出産を機に周囲から「子どものために家にいるのが愛だ」と言われ、仕事を辞めることになります。その後、子どもの教育費を稼ごうと就いた仕事は3か月更新のパート。子どもの都合に合わせてシフトを融通できるのは便利なものの、時給は最低賃金。もう少し働きたいと思うものの、年末になると夫の扶養から外れないようにと職場が仕事を調整します(※女性のためを装いつつ、実際は雇い主が社会保険料負担を回避するための方便かもしれません)。そうしているうちに、義理の両親が介護が必要な状態になり、主人公の女性は「義理の親への愛」を果たすため、パートを辞める羽目になります。
紙芝居を通じて中島さんが伝えたメッセージは、「本当の壁は女性に無償のケアを負わせる社会の壁」だということです。配偶者控除や第3号被保険者制度といった、専業主婦を優遇する税・社会保険の制度が、男性の長時間労働と女性の低賃金を固定化します。国は専業主婦にケア労働を負わせることで、福祉に対する公的支援を出し渋ります。「どうせ結婚するんだから」といって、働く女性に十分な待遇を保障しない社会の中で、単身女性は貧困リスクにさらされます。特に40歳を過ぎれば、生きていける賃金を貰える職に就くのは相当難しくなり、高齢単身女性の貧困は深刻です。
中島さんは、「貧困の壁を崩す経済的自立と社会保障、賃金格差の解消が必要」と結論付けました。社会保険料の「壁」に関する論議・報道では、就労時間を増やし、社会保険の適用対象になることがあたかも負担であるかのように言われがちですが、社会保険料は労使折半になる上、健康保険に加入すれば出産手当金・傷病手当金が受給できるようになり、厚生年金に加入すれば将来の年金額が上がります。社会保険への加入が、自分へのセーフティネットを分厚くすることだという利点も、広く伝えていく必要がありそうです。
制度そのものを変える議論を
中島さんの講演の後、グループに分かれ、講演の感想や、参加者自身の経験を共有しました。このような集会に来るだけあって、扶養の範囲内に収まるよう就労調整した人は少なかったですが、職場の性的役割分業については共感の声が相次ぎました。また、「103万円の壁引き下げ」「社会保険料引き下げ」を主張している政党があるが、彼らは税・社会保険料の減収分を埋める財源の検討をしておらず、むしろ負担の引き下げとセットで、生活保護のような福祉の削減を行うのではないかと言う懸念も聞かれました。
講演後、大椿ゆうこと西みゆか弁護士(参院選東京都選挙区予定候補)がコメントを述べました。西予定候補は、弁護士として離婚事件を扱う際、女性が受け取る婚姻費用が働いた分だけ減額される不条理を経験したと語り、女性の就労を妨げる制度を変えねばならないと意気込みを述べました。
大椿ゆうこは、「制度の根本にある家父長制の問題が議論されず、数字だけが予算審議の駆け引きに使われている」「減税と同時に公的支援が削減される可能性もある。法人税の累進性強化などにより、取るべきところに課税し、いかに再分配するかという議論が欠けている」と税制論議の現状を批判しました。その上で、「皆さんの声を政策に反映させていきたい」と、今回のような参加者との対話を通じて政策を練り上げていく意欲を述べました。
司会を務めた五十嵐さんは、選択的夫婦別姓の導入を求める意見書を区議会で可決して欲しいという請願が委員会で否決されたことを紹介し、区議会の議論でもいたるところで家父長制が顔を出すと話しました。その上で、「女性が声を上げていかないといけないと、周りに伝えて欲しい」と会場の参加者に呼び掛けました。