12月11日、長生炭鉱で遺骨収容のための潜水調査に当たられている水中探検家の伊左治佳孝さんが衆議院第2議員会館にお見えになり、国会議員の皆さんにこれまでの調査で判明したことや、遺骨収容に向けての課題等を直接お話しされる懇談会を開かれました。
11月6日、「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」(以下、「刻む会」)の井上洋子共同代表と大椿ゆうこが厚生労働省・外務省と面会した際、「次は伊左治さんのお話を直接聞いて欲しい」とお願いしておりました。結果、両省の担当者が伊左治さんとの面会に応じて下さることになり、役所の方とお話しした後、国会議員・報道向けの懇談会を別途行う運びになりました。世界中を飛び回る大変ご多忙なスケジュールを縫って貴重な機会を作って下さった伊左治さんに、心から感謝申し上げます。
遺骨収容の可能性
最初に伊左治さんは、昨年12月8日に刻む会が厚生労働省・外務省と行われた意見交換会を聴いたことが潜水調査に名乗り出たきっかけだと話されました。坑道内に遺骨が残されている状態を知り、自分が潜水調査を行えば遺骨収容そのものにも繋がるし、そこに遺骨があることが話題になることで、悲しい事故に遭ったご遺族の心が安らぐことに繋がるのではないかと考えられたそうです。今回の懇談会にも、複数の党から国会議員・秘書の皆さんが参加されましたが、議員が関心を持つようになったことは大きな前進だと思っていると話されました。
※資料は「刻む会」提供。概略図では本坑口から延びる坑道(本坑道)からピーヤが伸びているように見えますが、実際はピーヤは旧坑道から延びており、本坑道からは繋がっておりません。
伊左治さんは、これまで沖のピーヤ、岸のピーヤ、本坑口の3方面から調査を試みられました。ピーヤの中には、炭鉱稼働中に使用されていたと思われる梯子やパイプのような構造物が折れて積み重なっているということです。ピーヤの中の水は、ほとんど手元も見えないくらいの透明度であるため、構造物の間を縫って中に入ることは難しかったそうです。一方、本坑口から入る場合、障害物はトロッコの線路や坑道を支える木枠が崩れたもの程度で、掻き分けながら進めるため、そこからの調査を優先するのが良いと伊左治さんは考えておられます。
前回10月に調査を行った際は、命綱のように坑道内に張るリールの長さが足りなくなったため、本坑口から200メートルほど入った時点で折り返しました。これ以上は危険で進めないという訳ではなく、伊左治さんは、来年1月31日から2月2日行う次の潜水調査では、事故直後人が集まっていたと思われる最深部(本坑口から約300メートル、水深約30メートル)まで到達でき、そこで遺骨を見つけられる可能性が高いと展望を語られました。次回の潜水調査時は、最深部まで到達し、そこまでリールを張ることを目標にするとのことです。
潜水調査のリスクと対策
伊左治さんによれば、長生炭鉱での潜水調査には3つのリスクがあります。一つ目は、閉鎖環境であるため何か起きても浮上が出来ないことですが、伊左治さんは閉鎖環境での潜水を訓練するインストラクターをされているくらいの専門的な技能をお持ちです。
二つ目は、坑道内を満たす水の透明度が低い(手元に近づけないと何があるか見えない程度)ことですが、坑道内には手探りで前に進める程度の構造物しかないため、透明度が低いからと言って中に入れないという訳ではありません。
三つめは、坑道が崩落する可能性があることです。最も深刻なのは坑口の入口付近です。坑口を開けた結果、坑道を支える松の板の酸化・劣化が始まったからです。坑道内も、普通のスキューバダイビング等で使うような道具を使えば、吐いた息が泡となって坑道内に溜まってしまい、その中に含まれる酸素が壁板を酸化させたり、泡そのものが壁板を傷つけてしまう可能性があります。伊左治さんはリブリーザーという、吐いた息から二酸化炭素を除去して循環させることで泡を出さない特殊な機材を使うことでリスクを抑える計画です。
坑道入口の劣化だけは、入り口を開けたこと自体が原因なので、潜水調査を行うか否かにかかわらず進んでしまいます。坑口が崩落すれば二度と中に入れなくなるかもしれないため、何としてでも避けたいところです。「刻む会」の皆さんは、万一松の板が崩れても坑道に入り続けられるよう、内側にボックスカルバートを導入する等の対策を検討されています。
伊左治さんは、坑道の壁板の劣化は時間と共に進むので、潜水調査は可能な限り早く進めるのが良く、遅らせるメリットはないと強調されました。政府は「発掘しなければ遺骨の具体的な所在が確認できないため、対応可能な範囲を超えている」と実地調査を拒んできましたが、伊左治さんは、「政府に調査に関する知見がなく、どのようなリスクがあるかも判断できなかったのではないか」「(自分が調査に入って)リスク分析が出来るようになり、遺骨を収容できないという状況も変わったと思う」との考えを述べられました。
「一番事故が起きるリスクが高いことを、リスクを背負っても良い探検家という自分がやれば、物事が前に進む」との思いで調査に挑戦された伊左治さんは、腰が重い政府側とも敵味方の関係になるのでなく、一致協力していきたいとの考えです。「どこ出身であっても、ご遺骨が残されたまま収容の見込みが立たないのは悲しい。ご遺骨を収容してご遺族に返還出来たら嬉しい」「宇部市にはほかにも海底炭鉱があり、水没事故が起きたところもある。長生炭鉱での収骨が進めば、他の炭鉱での収骨にもつなげられるのではないか」と、潜水調査にかける熱い想いを語って下さいました。
ご遺族の想い
記者会見には、ご遺族の鄭歩美(정보미/チョン・ボミ)さん(曽祖父が犠牲者)も臨席されました。鄭さんは、「祖父の話を聞いてきたので、物心ついた時から半身が宇部の海に浸かっているような感じだ。遺骨の引き渡しに立ち会えるかもしれないと思うと、亡くなった方の顔が思い浮かぶようだ」と、この間の取り組みの進展に対する感動を話しつつ、「気持ち一つで立ち上がった伊左治さんが、誰も出来ないことを命がけでして下さっている。もっと国や行政の協力があれば、設備の充実や安全確保が出来るのに」と、伊左治さんだけがリスクを負っていらっしゃることに葛藤する胸の内を明かして下さいました。
また、在日朝鮮人で「刻む会」会員の金静媛(김정원/キム・ジョンウォン)さんは、「長生炭鉱の事故は1942年、まだ韓半島が分断されていないときに起きた。亡くなった136人の韓半島出身者の内、5人は北部出身だ。韓国政府との取り組みは進んでいるようだが、日朝間の国交が正常化されていない中、半島北部出身者のご遺骨が見つかったらどう対応するのか? 南北朝鮮を一つの枠組みとして取り組みたい」と、朝鮮籍の在日としての思いを語られました。
来年の潜水調査で、ご遺骨を収容できる可能性が十分にあります。「刻む会」は、沖縄戦遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さんをはじめとする専門家と話し合い、DNA鑑定・返還に向けた検討を進めたいとの考えです。坑口の補強と、ご遺骨の返還に向けた第二弾のクラウドファンディング(目標金額600万円)も始まりました。
「刻む会」事務局長の上田慶司さんは、「重要なのは日本政府の姿勢だ。日本政府が動けば、韓国側も動く準備が出来ている」と仰いました。日本全国のメディア、また韓国の政府・市民・メディアも大変注目しています。日本政府が重い腰を上げるよう、国会の中での働きかけを強めて参ります。
※懇談会の動画はこちら